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私の住んでいるところ

岐阜の城下町、長良川の辺に材木町というところがあります。古くから山林で切った木材を集荷している場所だったので材木町と呼ばれました。


今は古い町並が軒を並べる閑静な町並になりましたが、直ぐ近くの川原町は大河ドラマの影響もあり、土日になると観光客で賑わうようになりました。私はそんな古い町並の残る材木町の材木屋の長男として生まれました。

 でも今残っいる材木屋は川原町にある銘木屋さんが一件だけになってしまいました。

材木屋を継いだ理由 

若い頃、材木町の材木屋に生まれたからには、将来は夫婦でこぢんまりと材木屋をやろうと思っていました。材木問屋に修行に行って木材の運び方から建築材料の使い方までシッカリ覚えて独立しようと思っていました。 

時代はプレカットに 

ところがどんどん世の中は加速度的に変わって行きました。材木屋が大工に材料を売る時代は終わり、メーカーが材木を工場で刻んで配送する「プレカット」の時代に変わって行きました。もう大工さんは木を刻まなくてもよくなり、必然的に材木を運んで収入を得る材木屋の仕事はなくなって行きました。 

それでも意地があった 

そうは言っても三代目、材木町の材木屋なら意地はある。後を継ぐのが本流だと、錯覚したのか甘えがあったのか、材木問屋で修行をして材木屋の後を継ぐことになりまた。 


負のスパイラルはそれでも続いた・・・

そんなこんなで、材木屋を始めましたが、大きな材木屋さんにはとても対抗出来ません。あるとき、お世話になっていた大工さんから言われた一言が、今でも憶えていますが、 とても衝撃的で心の奥深くに残っています。


衝撃の言葉で自分の身の丈を知る・・・

「臼井君の木材への前向きで真摯な気持ちは良く分かるけど、わしはなぁ~、大きな材木屋で木を一本一本、選んで買いたいんやわぁ~、もうこれだけしか買えんからなぁ・・・」と言われて超ショックで夜は眠れませんでした。どんどんプレカット工場も増えて、その生産体制スピードにはとても叶わなくなりました。

大工が2ヶ月で刻む材木を一週間で揃えてしまいます。さらに大手の材木屋に到底品揃えでは勝てないために、売上は瞬く間に下がっていきました。そんな毎日が続き遂に新しい決断と選択を迫られることになりました。



CADはよく売れました・・・

そんな時、一大決心をして新しい仕事にチャレンジ、建築CADを材木の代わりに売り込もうと、建築CADの販売代理店を志願しました。工務店向けホームページの制作代行業務もやっていこうと、独学でWebプログラミングの勉強をするようになりました。

最初の2年間に、40社以上のCAD販売実績を作り、全国で一時期トップになり当時は凄腕の販売代理店と呼ばれることもありました。

あの頃は確かに順風満帆でよく売れたと思います。月に2~3台のペースでCADが売れ、ホームページも未だ世の中に出始めたばかりのブームも肖って、ホームページの制作依頼もどんどん来るようになりました。最盛期は50社以上のホームページを作っていました。

CAD販売の名古屋支店は閉鎖寸前まで追い込まれていましたが、余りにも売れすぎて、新しい支店長が名古屋に赴任して来たくらいです。


そうは問屋は卸しませんでした・・・

しかし、世の中はそんなに甘くありません。CADメーカーの元会社はサービスが良すぎたのか売れすぎて経営が甘かったのか、数年後に倒産してしまったのです。この仕事で社会に貢献できると確信し、自信を持って新しい道が開けると思っていた矢先の出来事でした。


不安に苛まれて・・・ 

また一からやり直しの人生が始まるのかと、不安と心配に苛まれ眠れない日が続き、眠れないなら、この際バイトをやろうと、深夜は運送会社の仕分け、年末年始は郵便局、夜はコンビニのバイトと冷凍庫の仕分けをし、昼間は大型トラックの荷揚げを繰り返し、あらゆるバイトを掛け持ちでやりながら、生計をやりくりして行きました。

「なんで・・俺ばっかり!」辛すぎる人生 の日常がずっと続いていきました。


2度目の決断をするしかない・・・

インターネットの普及で世の中はどんどん進化しITの加速度的な変化にも付いていけなくなり、CADメーカーも倒産して、ホームページの仕様も急激な変貌の真っ只中にあって、とうとう付いていけなくなって、八方塞がりの日々続いていきました。


一生フリーターで終わるのも癪だと・・・

それから数年間バイト生活が続きました。そんなある日、材木でお世話になった工務店をもう一度回って建築の知識を勉強をしてみるのも良いのではないか?と思うようになりました。建築施工管理技士の資格は持っていたので工務店の門戸を叩くことにしました。


最初はアルバイトで現場に・・・

お世話になった工務店を何件も回り、アルバイトで使って貰えないかと頼み込みました。現場での荷物運びから大工作業、現場掃除に至るまで何でもやりますからと懇願し、どこかで雇って貰えないかと必死になって回りそこでの就職も考えるようになりました。

材木屋の経験を生かして、何かお役に立てないかとないかと話をしてみることもありました。幾度となく、ハローワークに通いアルバイトをしながら就職探しの毎日が続くようになりました。


そして工務店に就職・・・

遂に工務店に就職。そこで知り合った様々な職人さんや業者さんとの出会いが、私の人生を大きく変えていくきっかけになって行きました。



新しい人生ストリーが始まる・・・

給料が貰えるようになり、気持ちも生活も落ち着いてリフォームへの好奇心と興味も湧き上がるようになり、持ち前の明るさと人の良さで、職人や建材メーカーとも良好な人間関係を作れるようになっていきました。


リフォームで身を立て直せないか・・・

ひょっとしたら、この仕事が私には一番合っているのかも知れないと密かに思うようになり、新しいビジネスのビジョンを自分なりに描けるようになってきました。


リフォームの愉しさに気づく・・・

工務店でリフォーム営業部長という役職も頂き、現場で打合せや材料の手配なども板に付いて、お客様と関わる時間もどんどん増えて来ました。


ありがとうの言葉に悦びが蘇る・・・

そんな時、工事完了後にお客様から感謝の言葉や笑顔を頂けると、とても嬉しくなり、だんだんと填まっていってリフォームという仕事に、魅力と喜びと責任感を感じるようになりました。


数々の現場での実績が自信に繋がって・・・

数々の現場に立会い、施工も数多く手がけるようになると、益々精力的に営業に回るようになり、業者との打合せもスムーズに進められるようになりました。


気づいたらリフォームが好きになっていた・・・

知らないうちに建築の専門知識も身につき、お客様への施工説明やアドバイスも正しくできるようになり、仕事への自信と自分に対する誇りに繋って、もう一度新しい会社を立ち上げようと思う気持ちさせてくれたことは間違いない事実だったと思います。


リフォーム施工事例のご紹介

瓦一枚交換・クーラーの掃除・郵便ポストのカバーの取替えでもお伺います。

小さなリフォームから大きなリフォームまで直ぐに現調にお伺いします。

(株)ホームメイド 岐阜市東材木町37-2 携帯 090-8451-0238
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